取材、ということで世界へ行くこともあったその昔。
韓国で出会ったガイドはすごかった。
名を「安さん」としよう。
彼女は会った早々から、やる気がなかった。
んもう、相当にやる気がなかった。
草津温泉のスナックのホステスもびっくりのやる気のなさである。
ちなみに草津温泉のスナックのホステスも相当やる気がなかった。
ほんとうなのだ。
日本人向けガイドといえば、なかなかの高給のはずで、憧れ仕事のはずなのに、
彼女の目には生気がない。
そして致命的に、恥ずかしがり屋だった。
初日。
挨拶もそこそこに、地図を指差しここに行きたい、というと
現地につくなり、あそこだよ、と指示したきりで、動かない。
ガイドはそうじゃないだろうと、
「ホレ、紹介せんかい、ホレ」
と言うと、なかなか流暢な日本語で
「自分のことは、しぶんでしたほうがいい」
と言う。
カメラマンとふたり、
確かにそうだなーとうなづきかけたが、
それじゃあチミはなんなのだ!と気付く。
でも彼女は動かない。
テコとして動かない。
仕方がないので、韓国語でこれはなんと言うのだ、
ということをひたすらメモして、交渉は自分でやった。
街頭取材などは、もう悲惨だった。
韓国の若者を捕まえては、
身振り手振りをフル活用し、
安さんに習った韓国語で交渉をする。
失敗して基地に戻ると、安さんは
「今のはこう言ったほうがよかったね」
「このあたりが、問題だよね」
とアドバイスをくれる。
最初は、そのいちいちが
「ちゅうーかチミ!!!!!」
となっていたけれど、途中からどうでもよくなって、
そのアドバイスすら熱心にメモをし始める始末となった。
そんな安さんが唯一自ら足を踏み出し
交渉をしてくれたのは、
一緒に行ったカメラマンが
あまりの風体のみすぼらしさに現地の軍隊に囲まれ、
拳銃をつきつけられたときだった。
アメリカのテロの関係もあるのか、
警備が厳しかったのだ。
ちびるカメラマン。
いらつく軍隊。
そこに天使の安さんが登場。
行事軍配がしっかり裁き、おひらきとなった。
そんな安さんを、いよいよガイドの最終日にお茶に誘った。
恥ずかしがり屋で、昼ごはんも別を希望する安さんだから
きっと来ないと思ったのだが、
不思議と、最後だから、とこれは一緒についてきた。
そして、いきなり
「あなたたちは本当にガイドしやすかったわ」
と御礼を言ってくれた。
そのときは完全にボクもカメラマンも
安さんマジックに洗脳されていたので
「いやあ、それほどでも、えへへへへ」
とひとしきり照れた。
そしてそのあと、安さんは思いつめたようにこう言ったのだ。
「実は折り入って相談があるの。
私、ガイドに向いていないと思うの」
と。
ボクとカメラマンは躊躇なく首を縦に振った。
んもう、首がちょんぎれるのではないかと思うくらい、首を振った。
洗脳されていたボクとカメラマンも、
さすがにその点だけは正気の判断をできた。
そしてその日に、彼女はガイドを辞めると事務所に言いに行くと言った。
「ありがとう、最後のガイドは楽しかったわ」
と言った彼女は、その後、
風の便りで日本語学校の先生になったと聞いた。
お土産屋に、ただの一度も連れて行こうとしなかったガイドは
後にも先にも、彼女だけである。