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団遊日記

「平和な大阪出張日記(2007/11/20)」

大阪出張の折に、耐震偽装で話題のAPAホテルに泊まった。
10月にOPENしたてのようで、ぴかぴか。
肥後橋の駅を降りたところで、
蒲鉾の板のように薄いが上は26階建てという、
まるで「ぬりかべ」のようなホテルであった。

部屋に入ると、
APAホテルと言えばこのおばちゃん、
という、謝罪会見で化粧をぐちゃぐちゃにする演出で
難局を乗り切った社長の本がなかった(もちろん演出でないかもしれない)。

確かAPAホテルには必ず各部屋の引き出しに
この本があったと思うのだけれど、
こういうところも反省の表れなのだろうか。
それとも、もうちょっとほとぼりが冷めるまで、ということなのであろうか。

どうせなら、あの涙の顔を表紙にして、

「耐信偽装」

というようなタイトルで別の本を創って入れておくとよいと想うのだけれど、
帯には姉歯元建築士が、

「ボクも陰ながら応援しています」

と書いてくれていて、
まあでもそこまですると本気で反発する人が出てくるのかもしれない。

このホテルはウリが大浴場ということで、二階に人工温泉があった。
人工温泉ということはすなはち風呂場、
ということではないのかと思うのだけれど、
人工に温泉となるように湯に細工がしてあるのであろうか。

僕は12階を案内してくれたのだけれど、
二階から、大量に浴衣でほっこりした人が乗ってきて、
一方には、風俗ですっきりしたおじさん達が

へべれけのずんどこ

みたいな顔で乗っていて、
窮屈なエレベーターの中だけ見ると、
いったいこの施設は何でしょう?
とVTRクイズで出されてもそう簡単に答えは出てこないだろうと思うイキオイであった。

翌日は仕事が早めに終わったので、
肥後橋で友達がやっている「ZEN」というお店にひとりで飲みに行った。

二年ぶりくらいなので、
まだあるのかどうかがそもそも怪しかったけれど、
予想外に立派に健在だった。
中に入ると、幾分髪の毛が薄くなった同じ歳のマスターが
それなりに暖かく出迎えてくれた。
ふたりでひとしきり南船場時代の話をした。

そもそもボクはずっと大阪の南船場で仕事をしていた。

そのときの事務所にいつも出前でやってくるのがマスターだった。
出前といえば雨の日ということで、
毎度雨のときに来ては、

「もうちょっと出前がいのある日に呼んでくれ、
 スカッと晴れているような」

とひとしきり愚痴をこぼして、
そのあと、ボクが食べ終わるまで永遠しゃべって帰っていくという、
今日のランチに毎回どっちでもいいトークを付けて運んでくれる、
そんな人が、今のマスターだった。

しばらくするとそこにふたり組みの女性のお客さんが来て、
そのふたりも常連さんっぽかったけれど、
昨日から相当煮込んだいい具合の肉じゃがを注文された。
すると、これは美味しいわ〜と感嘆の声をあげた後、

「ちょっと食べてみはりません?」

と皿に盛ってボクにおすそ分けしてくれた。

「こんな触れ合い、東京にはないやろ」

と、まるで自分が大阪の代表選手かのように、
マスターが得意顔であったが、まあ東京にもないことはない。

その後ひとりでホテルグランビアの喫茶室で
ミルクティを飲みながら原稿を書いていると、
隣のお父さんらしき人が携帯電話で娘らしき人と話をしていて、
どうやら母親と会えない相談のようであった。

「そんなことになるから待ち合わせ場所はキチンと決めておかないといけないんだ!」

と最初は冷静に原因を分析していたお父さんであったが、
だんだん口調が荒くなってきて、

「その駅には、何口があるんだ」
「南と西と北と東? 全部じゃないか!」
「それでお前は今、南口にいるんだな?西は見たのか?」
「東に向かってみたらどうだ、いや、お母さんが来るかもしれないから、もうちょっと待っている方がいいか」
「そうだ!お母さんの携帯電話は鳴らしたのか!?」
「何、留守電。お母さんは肝心なときに、いつも携帯が留守電になるんだ」
「お父さんとこの間待ち合わせした時もな、お母さんッたら……」

隣で聞いていて、
このお父さんの会話がひとつも解決に向かっていないことがおかしくてたまらなかった。
きっと、お父さんと携帯で話をしているうちに、
お母さんが娘を見つけたことだろう。

そんな、なんということもない大阪出張日記。
これにて。