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団遊日記

「ミックスサンド(2008/5/15)」

埼玉県の指扇というところに行きました。
「さしおうぎ」と読みます。

ここにある幼稚園が、
「ちょっと相談せえへん?」と言うので、
伺ったわけです。

施設長の先生は、歳は僕と変わらないのですが、
アメリカンフットボールの社会人チームで
レギュラーとして二回日本一になったといいますから、
それはすごい肉体とたぶん精神力なわけで、
なんでもいいから日本一になる、ということに一目を
置く僕としては、どんな幼稚園であろうとも、
すでに一目置いているわけであります。

さて、そんな「指扇」。
大宮の向こう、川越の一歩手前というところで、
まさしくなーんにもないところであります。
うちのスタッフとの待ち合わせは9時45分。
朝の東京の電車はミャンマーかベトナムかくらい
ダイヤが安定しないですから、余裕を持って出発します。

駅前には「ミスタードーナツ」があるらしいので、
早くついたらそこでコーヒー飲んでいればいいかと。

ところが。
9時15分に降り立つと、そこにミスタードーナツがない。

あれ、話と違うな、と思って周囲を見渡すと、
もろくも解体されつつある元「ミスタードーナツ」らしき建物。
かすかに残るのは、ミスタードーナツ伝統の店番号。
4桁の数字の、あれです。

どう見ても憩いの施設はそこしかないので、
「ああ、これからの30分、この寒空の下、僕はどうして
 生き延びればいいの?」
とそちらを恨めしそうに眺めながら呆然と立ち尽くす僕に
「ミスタードーした?」
と視線を投げかける工事現場の作業員たち……。
というわけで、僕は朝から、早くも困った状況に陥ったわけであります。

しかし30分もボーっと立っているというのは許せないタイプなので、
そこから周囲の捜索をはじめたところ、
ありました駅の裏に、
「スナック遊YOU」。
軒先には「営業中」の看板。

あるもんですね。
もうこの際「遊YOU」というネーミングに対してコメント
している場合ではありませんので、
「いやあ助かった!」と、カランコロンと中へ。

すると中には、明らかに
「え!客?」
と訝しい顔をしたご主人と奥さんが椅子に座りながら、
「そこまで広げるか!」
というイキオイで新聞を広げ
クロスワードパズルに興じています。

「クロスワードパズル中、大変申し訳ありませんが、
 かけそば、いや、コーヒーを一杯いただいてもよろしいでしょうか」
と大変低姿勢で奥の席へ進む僕。

奥といっても狭い店ですから、新聞をたたもうと思ったら
角が「よれ」っとなってしまってうまく畳めなくて苛立つご主人の様まで、
手に取るようにわかるのですが、それは大人な対応で見ぬふりをして
お冷を待つこと約3分。

ようやくクロスワードから接客に頭を切り替えた奥さん(推定65歳)が
「朝はモーニングしかやってません」
と上品にお伝えくださったので、

「A、B、C」

とみっつあるモーニングの中から、私は「ではBを」、
と注文したわけであります。
「B」はミックスサンドのセット。

奥さんは明らかに
「え!B?」
という顔をされました。

Aセットのトーストなら350円。
Bセットのミックスサンドは650円。
常人はたいがい「A」を注文するのでしょう。
僕はそのとき、何を思ったのか、「A」というのがイヤだったのです。

「はい……」

と言った奥さんは、そのままカウンターの奥の厨房らしきスペースに消えていき、
何やらご主人と相談を始めたのでありました。

さて。

ときは刻一刻と進みまして、
僕が「遊YOU」を探し当てるのに多少時間がかかったこともあり、
約束の9時45分はもうすんでのところまで迫っております。
しかし「B」はまったく出てくる気配がありません。
読みたくもないスポーツニッポンを読みながら、
「おいおい、せめてコーヒーはだそうぜ」
などと思っていた9時40分。
ようやく「しとしと、しとしと」と奥さんがやってきて、
机に、「Bセットです」とお皿を一枚、置きました。

「あと5分だ!」

僕はあせる気持ちをよそに、
コーヒーをひとのみ、そして端からミックスサンドを食べはじめました。

確かに気にはなりました。
そのミックスサンド、お皿のセンター部分に、
パセリがやたらと高くそびえ立っているのです。
たとえるなら万里の長城。
うっかりすると、向こう側が見えないくらい。
まあ実際はそんなわけはないのですが、
手元に新聞を広げて見ながら
ちらちらと指先とパンの位置関係・距離関係だけを
確認してサンドイッチをつまんでいる身としては、
そのパセリの長城の奥がどうなっているかは、わからないのであります。

サンドイッチの手前側、
すなはちパセリの長城の手前側は、ハムサンドでした。
レタスと、ハムのシンプルな構成。

やがて野村監督のボヤキとともにそれらを食べ終えた僕は、
いよいよパセリの長城を崩し、
また新聞を読みながら奥のサンドイッチを食べ始めたわけであります。

勘のいい読者の皆さんはもうおわかりでしょう。
僕は口に入る感触があまりに変わらないので、
ふと野村監督からお皿の方に顔を上げたわけです。
そうしたら、

「全部ハムやん!」

そう。
全部、ハムサンドなのであります。
思うにこういうことでありましょう。
このお店、朝はまず客が来ると思っていないから、仕込みは特にしていない。
万が一やって来ても、350円のAセットだから、トーストを焼けばいいや。
そこにやってきた若者が、突如頼んだBセット。
改めて自分たちの作ったメニューを見ると、そこには「ミックスサンド」の文字。

「ちょっとあんた、どうする、ミックスサンドだよ」
「おまえ、どうするったって、玉子もゆでてないし、
 とはいえ20分もお待たせするわけにもいかんめえ」
「けど、今冷蔵庫にあるのは、ハムとレタスだけだよ」
「・・・・・・・・・」
「仕方ねえ、母ちゃん、こうなりゃ、あのお兄ちゃんがそうと
 気付かないように、ミックスサンド気分でハムサンドを
 食べてもらうっきゃねえよ」
「けどあんた、そんなこと、どうしてやるってんだい?」
「料理ってのは、舌と目で食う、っていうだろ。
 そうだ母ちゃん、冷蔵庫にパセリがあったろう、
 あれ、持ってきな」

というわけで、
完成したのがパセリの長城。
でででーーーーん。

確かに、朝のビジネスマンなんてのは、その日の資料や新聞や、
ときには「おはようサンスポ」的なエッチ記事を読みながら
食べてますから、味なんてわかってねえんであります。

ですから僕は、
もちろんそんな策略を見破った顔はせず、
涼しげに、
「あー美味しいミックスサンドだった〜」
という顔で店を出たのでありました。

夫婦「どうもありがとうございました〜」
   ♪カランコロンカランコロン

その後、店の奥では、
「やったな母ちゃん」
「たいしたもんだよ、あんた!」
なんて老夫婦は手を取り合い喜びを分かち合ったことでしょう。

そんな僕も、
こうやってひとつの夫婦のハッピーを創出できたかと思うと、
とても幸せな気分で一日を過ごすことができたのでありました。

今日の教訓
「ミックスサンドの中身にごちゃごちゃ言っては、決してならない。
老夫婦の、複雑な気持ちが“ミックス”されていることもあるのだから」


以上。