
リベリアの町の風景
義母がやって来ました。
遠い、聞き知らぬ異国の地で暮らす娘を思ん量って・・・。
遙々コスタリカまで、たった一人でやって来ました。
アメリカ・オーストラリア・アジア各国・ヨーロッパ各国と、海外旅行は何度も経験している義母ですが、一人旅は生まれて初めて。
仕事で休みが取れない義父を置いて一人、小心の義母は、まるでぱっくりと蓋の開いた地獄の釜の上を経を唱えながら眼を瞑て跳び越えるが如く、一大決心で渡航してきました。
義母にしてみればそれは決して大袈裟ではなく、本当に命がけの決行だったようです。
震えた声で何度もカミさんに電話を掛けてきてはあれやこれや・・・、尽きない心配事を次々と訴えかけてきて・・・、端から見ても可哀想になるほどの怯えよう。
歳老いて(60代半ばでこんなことを言っては怒られます)日本語以外は読み書き出来ず、海外旅行時の手続きその他はいつも義父に任せきりで、大名旅行しか経験のない義母は、もう何でもかんでもが・・・、すべてが不安の材料で、さらに何が目的なのかよく判りませんが、周囲の人間からは「アメリカに着いたら空港でさわれるかも・・・。」とか「空港を出たところで殺されるよ!!。」とか、何の根拠も無いくだらない、要らぬ脅しを聞かされて縮み上がっていました。
義母は「私はヒューストンで、空港の藻くずと化してしまうのね・・・。」と真剣に思い詰める始末。(笑い事?・・・では有りませんよね・・・。)
それでも娘を心配するあまり、体を張り思い切って会いに行こうというのですから、親の愛情とは誠に有り難いものです。
さらにコスタリカの知人の母親が(義母と同年配)、半年に1度の割合で一人で日本から遊びに来ている(その方も日本語以外は読み書きできないそうです)とカミさんから聞かされ、それも義母の心に弾みを付けたようです。
はじめ義母は日本で航空チケットを取ろうとしたのですが、12月も中旬、クリスマスを本国アメリカで過ごす人たちが詰めかける1年中で最も混み合うハイシーズン。この時期料金もかなり高額のチケットに成りますが、どれも、どこの航空会社のチケットも押さえられていて、日本からではすでに取得できません。
しかし、この時期にしか休みを取れない義母(ボランテイアで詩吟を教えている)を落胆させることは出来ません。
そこでリベリアにある安売りの旅行代理店で探してもらうと、義母のチケットはすぐに難なく取得できました。しかもこの時期に日本で取るチケットより遙に安い価格で・・・。
今は便利ですね!!、電子チケットは日本の義母にメールかFAXでチケット番号を送るだけ。後は日本出国時に空港のカウンターでその番号を伝えるだけで済んでしまいます。
時期々で、その都度両国でチケット料金を比較して安値な方を買い求めることが、今は非常に簡単に、手軽に出来るように成っていたんですね。
ただし、義母達っての要望でアメリカまで迎えに来るよう願われ、行きは私とカミさんが、帰りはカミさんがヒューストンまで送迎することになり、その見送り後のカミさんの帰りのチケットがなかなか取得できず、結局普段の倍以上の価格でしか手に入りませんでした。12月中旬からクリスマスに掛けてはこのちっぽけなコスタリカのローカル空港もハイシーズンで大忙し。3倍4倍払ってもチケットが欲しいという人はいくらでもいるので仕方有りませんが・・・。
義母が来てくれたお陰で久々に遠出をすることに成りました。
このところ家での仕事が溜まる一方で、また、家の周りでは工事が始まり見知らぬ人々の往来が激しくなり、そしてなによりSAVAのこと気掛かりでなかなか家を丸一日以上空けての外出は出来ずにいたので、本当に久しぶりです。
まずはヒューストンへ・・・。
少々怯えすぎの感の義母を迎えに、また、ちょうどビザが切れるので更新も兼ねてカミさんと二人してヒューストンへ向かいました。
ニューヨーク・ロス・マイアミ・アトランタ・ダラス・キーウエスト・ポートランド・オーランド・ソルトレイク・・・とアメリカは結構訪れたことが有るのですがヒューストンは初めて。それでも義母のお役に立てればと勇んでやって来たのですが・・・。
なっ、なんと!!、気温摂氏1度。3時間半前、コスタリカを飛び立つ時は30度以上あったのでその差も30度以上。冬服など当然持ち合わせていない私たちはいくら重ね着をしたところで・・・、汗っかきのデブはともかく、寒さに弱いカミさんは氷上に立つ氷中
花の如くカチンコチンに固まってしまいました。

ポトスのオブジェ
忘れていました・・・。
普段コスタリカで生活していると、アメリカの物価の《何と高いこと!!》。
空港からダウンタウンのホテルまでタクシー代が、なっなんと50ドル!!。
これはコスタリカでの1週間分の食費に相当します。
いちいちコロンに換算していると頭がおかしくなりそうで・・・、心が荒みそうで・・・。
気分一新、コロンを脳裏から削除し、代わりに日本の物価と比較するようにすると・・・、どうでしょう・・・、不思議ですね・・・、すっかり気分が楽になったんです。
確かにどれもこれも日本よりは安く(物にもよりますが)、まるで憑きものが落ちたように財布を開く抵抗感が如実に減りました。
もう、すでに私たちは日本では暮らせなくなっているんですね・・・。
義母より早乗り込みをしていた私たちは、2日後、義母の到着時間の少し前に空港に出向き、カミさんは到着ゲート出口に、この日一足先にコスタリカへ戻る私はチェックインカウンターへ向かいました。
誇れることではありませんが、こういった場所に来ると私の妙な勘が冴えまくるんです。
理由は色々ですが、外見からだけではなく、ふっと感じる第一印象で【嫌だなっ】と感じた人に担当してもらうと、必ず何か悪いことが起こるんです。
マイアミでは取調室に連行されたり、飛行機が出発時間前に飛んでしまい置いてきぼりをくったり、バハマでは違う場所で降ろされたり、執拗に何度も荷物検査をされ飛行機に乗り遅れたり、モーリシャスでは入国を拒否され、ベトナムでは満席でのダブルブッキングで飛行機に乗れず、セネガルでは入管職員に強請られ、ベネズエラとグアテマラでは飛行中止、ロサンゼルスとカンクンではロッドケースやバッグを壊され、モスクワでは空港に取り残され、マダガスカルでは100人に囲まれ、キューバでは往復チケットを買ったはずが片道チケットで帰れなくなったり、カボサンルーカスやサンホセでは荷物が無くなったり・・・、と空港関連だけでちょっと思い浮かべても数知れず・・・、図らずも本当にこの勘は良く当たるんです。
この日も然り。空いていれば自分で(当たり!!)の人を選ぶのですが、如何せんハイシーズン、カウンターは混み合っていて否でも応でも順番に振り分けられてしまいます。
私の番になり誘導された先に立っていた人物は・・・。
痩せぎすで背が低く、脂ぎったゴマ塩頭を両脇だけ借り上げた七三分けテクノ風?で、趣味の悪い鼈甲縁もどきの眼鏡を掛けた、見るからに態度が横柄な中国系アメリカ人の60代後半らしき年配者で、一目見た瞬間に《なんか嫌だなっ・・・。》と感じてしまいました(今回は見るからに・・・と言うか誰でも・・・)。
あからさまに人を小馬鹿にしたような態度でろくに人のことも見ず、チケットはカウンターに放り投げるは、在らぬ方向を向いて顔をしかめて舌打ちするは、わざと聞き取れないような小声でぶつぶつ言うは・・・。
カーッと頭に血が昇るのを堪えて、それでも大人しくチケットの出待ちをしていると、突然キッと私を睨み付け、左手の中指で眼鏡をズリ上げ怒ったように「リターンチケットを出せ。」と言ってきました。
「そんな物は持っていない。」と答えると、「コスタリカのレジデンシャルを持っていないのならばリターンチケットが無ければリベリア行きのチケットは出せない。」と、電子チケットをカウンターの上にバンッと叩きつけて後は知らんぷり。
どんなに抗議しようと小首を傾げ、斜め頭上を見上げて嘲るように同じ言葉の繰り返し。
やはり勘は当たりました!!。
怒りで視界がぐるぐると回るのを何とか自制し、電子チケットとパスポートをむんずと掴むと、もう一度列の最後尾に並び直しました。今度は違う人物に当たるよう祈りながら・・・。
幸いあのじじい(失礼)からは一番離れたカウンターで、その場の責任者で感じの良い白人男性《良い予感!!》に当たりました。
にこやかな会話の後、難なくチケットが発券機からはじき出されたその瞬間・・・、あのじじい(失礼)が遙か遠くから慌てて駆け寄ってきて上司に向かい、「この人はリターンチケットを持っていないのでチケットは出せませんよ。!!」と大声で訴えてきたのです。先ほどは何を言っているのか判らないぐらい小声だったくせにっ!!。
目の前でチケットはビリビリと破かれ、上司の係官が済まなそうに「リベリア空港はレジデンシャルを待たない外国人はリターンチケットが無いと入国させてくれません。」
確かに原則そうであろうけれども、今まで他の空港・他の航空会社でそんなことを言われたことが無く、また問題のリベリア空港でも、今まで一度足りともリターンチケットを確認されたことなど有りません。
いくら憤慨しても・・・、まあ、規則は規則ですから・・・。
仕方なく、ダメージなしで払い戻せる正価のオープンチケット(832ドル)をその場でカードで(そんな現金の持ち合わせが有るはずもなく)購入し、コスタリカで換金出来ることを何度も確認し、荷物を預け、苛々が残る頭をボリボリと掻きむしりながらカミさんが待つ到着ロビーに降りて行き、ことの顛末を話すと、「じゃあ、私もそれと同じチケット買わないといけないのね。」
義母をヒューストンで一日休ませ、明日コスタリカへ発つカミさんも同じオープンチケットを、やはりカードで購入しました。
“ヒューストンの藻くず”になるはずの義母が到着し、少々お疲れ気味のようですが、何とか元気な笑い顔を拝み、出発時刻が迫る私は暇を乞おうとする、とカミさんが
「この荷物先に持ってかえってて!!、手荷物で大丈夫だよ。」
たった今義母が抱えて出てきた荷物をそのまま私に手渡しました。
「うんうん。」と頷く義母を尻目に荷物を受け取ると、出発時刻の迫る2階の出国ゲートへと小走りで向かいました。
荷物をX線検査機に通し、ベルト・時計・靴・サングラスを外し、金属探知器をくぐり抜けて、ハイっ終了。と、思いきやっ・・・。
荷物とともに再検査に回され、
「鍵を開けてください。」
「?????????????。」
見ると義母から預かった荷物には鍵が・・・・、しかもご丁寧に数字あわせ式の・・・。
「鍵を開けてください。」
「?????????????。」
「番号は?。」
「?????????????。」
「ご自分の荷物なのに番号を知らないのですか?。」
「いやっ、?????????。」
「これはあなたの荷物ですよね?。」
「はいっ・・・、あっ、いやっ・・・、その・・・っ。」
「カ・ギ・ヲ・ア・ケ・テ・ク・ダ・サ・イ・ッ!!。」

いまだにこんな状態・・・
冷や汗たらたらで何とか説明し、鍵を係官にペンチで壊してもらい、これでようやく一件落着・・・、なんてもう通じませんよね。はいっ、出てきました・・・、よ〜く切れるハサミが・・・、二本も・・・。
コスタリカでは切れ味の良いハサミを手に入れるのが難しく、それは義母に頼んで日本で購入し持ってきてもらったのもでした。
没収されるのは悔しいし、捨てるには忍びない・・・。
仕方なく、慌ててもう一度チェックインカウンターに戻り、先ほどの係のカウンターに無理矢理割り込ませてもらい、じじい(失礼)と時計を横目に義母の荷物を預け入れると、再び検査機を潜り、走って搭乗ゲートまでたどり着くと・・・、私以外の人々はすでに機内に・・・。
今まで何度も空港内を走り廻されたことが有りますが、まっ、今回は自業自得ってとこですかね。しかしこの年になると、もう走り廻されるのは勘弁してほしいものです。
チケット事件などどこ吹く風、翌日カミさんは何のトラブルもなく、もちろんヒューストンでもリベリアでも「リターンチケットを見せろ。」などとは一切言われず、無事コスタリカに帰ってきました。
まっ、何時もこんなもんです・・・、私たち・・・。
後日談ですが、昨日例のオープンチケットをキャンセルして払い戻しをしてもらいにリベリア空港へ行ったんですが、あれだけリベリア空港で払い戻しが出来るか確認してから購入したにも拘わらず、行ってみると「ヒューストンでしか換金できません。」だの「サンホセの窓口に行ってください。」だの「ここにはお金がありません。」だの・・・・。
再び血圧が上昇してきたのでしょうか?、二人いる係員のうち「NO。」を言い続ける若い女性は無視して、奥にいる上司だけを狙って日本語・英語・スペイン語のごちゃ混ぜ+身振り手振りの集中砲火。
ヒューストンまで電話を掛けさせ、カード決済を止めさせて何とか一件落着。
さらに1ヶ月後の決済確認のため、そのオープンチケットは今も手元に・・・。
もちろんストップされているでしょうが、次回『リターンチケットを確認』と言われたときには・・・・・、これって犯罪???。
二人合わせて約20万円ですから・・・、それは一生懸命にも成りますよね・・・。
それから・・・、聞いて顎が落ちましたが・・・、義母がヒューストンを訪れるのは2度目だそうです。
つづく・・・。