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家族心理臨床家・団士郎さんが語る「家族は学ぶことができる」と私が考える理由

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「家族」が課題となるケースが増え、企業や組織に両立支援が求められる時代となりました。例えば働き盛り世代の介護離職は企業経営にとって看過できない問題です。子どもの不登校や家庭内暴力が、家族の枠を超え、学校や地域を巻き込む問題になることも少なくありません。

その影響は大きく、例えば、優秀な社員が辞めてしまうことにより企業の成長を妨げる要因になることもあります。あるいは、役所や学校をはじめとした公的機関の労働環境を悪化させる要因になることもあります。

介護離職も不登校も家庭内暴力も、困難や悩みを抱える当事者は違えど、大きく言えばどれも家族という小集団で起こります。かつては「上手くいくのが当たり前」だった家族が、どうやらそうでもなくなってきたのかもしれません。

団士郎さんは【家族を学ぶ教材】として、漫画エッセイ『木陰の物語』を20年以上に渡り描き続けています。果たして今、家族という小集団に何が起こっているのか。児童相談所で約30年間1,000を超える家族と面談し、現在も家族心理臨床家として家族相談を受け続ける著者に聞きました。

漫画エッセイ『木陰の物語』をためにし読んでみたい方は読み切り一話分をこちらからダウンロードいただけます

「症状が出てから」では遅い

──世間をにぎわせる出来事に「家族」が関係することが増えた印象があります。この背景にはどのような要因があるのでしょうか。

 最近の話でいえば、コロナ禍のステイホームによってもたらされた物理的な環境の変化は、少なからず影響していると思います。普段は家にいなかった人たちが同時に家にいることによって揉め事が起こるなど、家庭内のトラブルも増加している可能性があります。また、所得の減少による経済的困窮や移動の制限など、さまざまな側面で家庭内が窮屈になっていることも理由として挙げられます。

 しかし、歴史的に考えると、コロナのような疫病や大規模災害が家族の生活環境を変え、多くの危機をもたらした時代は幾度となくありました。例えば東日本大震災なども、そのひとつに当たるでしょう。それでも人類がなんとか生き延びてきたのは、「家族」という小集団が機能したからです。「家族」は時代がどのように変化してもずっとあり続けたもので、今後もなくなることはありません。


──時代を越えて普遍的に存在する「家族」ですが、「家族」を学ぶとはどういうことでしょうか。

 多くの人が「家族」を考えるタイミングというのは、何か問題が起こったり、困難にぶち当たったりした時です。近年問題化されている児童虐待が典型的な例です。「児童虐待」という問題が生じることで、初めて家族や親子関係、子育てが語られる。そのように、ある問題の背景要因として「家族」が浮上することが多いのではないかと思います。

 しかし、そもそも問題が生じる以前に「家族とは本来どのようなものなのか」を考えるべきではないでしょうか。私にとって、「家族」と「健康」は似ています。私たちは、健康な時に「健康であること」を意識しませんよね。病気になって初めて自分の健康状態に敏感になります。家族も健康と同様に、特殊な事件ばかりに目を向けるのではなく、あらかじめ「いつまでも同じ形が続くわけではない」「良いこともあれば悪いことも起こる」と知ったうえで、最悪な状態に陥らないようにマネジメントする必要があると思います。


漫画の音読に”涙”

──士郎さんがこれまでに出会った家族とのエピソードをもとに漫画『木陰の物語』を書き始めたのは、根底にその想いがあったのでしょうか?

 児童相談所で、子育てや家族についてたくさんの話を聞いてきました。私なりに色々な家族の課題と向き合ってきました。それらを通じて自分の中に蓄積されたさまざまな家族の体験談が、自分の家族に対する理解に役立っているという実感があったので、「それならば他の人にも知ってほしい」と思い、それぞれの個別な体験談を一般化した形で伝えるために漫画を書き始めました。


──全国で開催されている講演会やワークショップでは、漫画『木陰の物語』を教材としても活用されていると聞きました。

 『木陰の物語』を私が音読しながら紙芝居形式で皆さんに見てもらうと、心が動く人がたくさんいます。参加者の方々の感想を見ても毎回好評です。彼ら、彼女ら自身の子ども時代や、親との葛藤、子育て中の苦悩といった経験と『木陰の物語』の作品に出てくる家族の体験が重なって、感情的になる人が多いのでしょう。それぞれの体験には個人差があるので、一人ひとりに刺さる深さはバラバラではありますが、自分が見聞きしてきたいろいろな家族のあり方がそれぞれにちゃんと届くことを実感しています。

 講演会やワークショップでは、そんな感情的な体験を、内にとどめず、外に発信してもらえるように意識しています。参加者に問いかけ、自身の心の動きを書き留めてもらったり、参加者同士で話をしてもらったりして、単に「こういう話がありました」という情報を吸収するだけにとどまらないようにしています。参加者の方々それぞれが、自身のご家族との関係性と物語の内容を照らし合わせながら、「家族」に関する思い出や色んな事をそれぞれの仕方で「発見」していくことが大切なのです。

『木陰の物語』の著者であり家族心理臨床家の団士郎さん

「役に立たないから」で終わらないのが、家族

━━そういった情緒的な体験や「発見」が家族を学ぶことと、どうつながるのでしょうか?

 家族という小集団は、合理性ではなく情緒的な繋がりによって結ばれています。業務目的を持った利益集団と違い、「家族だから」という情緒的な理由でいろんなことを受け入れられるのが家族です。


━━「家族」が情緒的な集団であるからこそ、自分の情緒を活性化させる体験が家族理解につながるということですか?

 私たちは普段の社会生活で、ある程度情緒的な部分を抑え割り切りって活動しています。しかし、家族に対してそのように関わってしまうと、どこかで物足りなくなる。合理性を背景にせず生涯寄り添う存在だからこそ、情緒的な体験が「家族」に対する理解を深め、人を豊かにしてくれるのではないかと思います。


━━そんな体験や発見をひとりでも多くの人に届けたくて、漫画『木陰の物語』を様々な媒体で連載されているんですね。

 私は漫画『木陰の物語』を毎月1本、20年以上描き続けています。その作品を、理念に共感してくれた雑誌や園誌、社内報といった媒体が連載してくれています。今、雑誌は「かぞくのじかん」(婦人之友社)と「月刊学校教育相談」(ほんの森出版)、幼稚園や保育園の園誌には全国で50園以上、小学校や中学校の「お便り」に連載してくれている場合もあれば、企業が発行する社内報に連載されていたこともあります。

 その数が増えても減っても、私がすることはただひとつ。毎月、新しい作品を描くことです。昔話にならないように、70歳を超えた今も、現役として家族相談に応じながら「今、家族に届けるべきメッセージ」を考え描き続けています。それが楽しいのです。


━━著者であり、作品を教材として活用する講師として、漫画『木陰の物語』を読まれる方々へ伝えたいことはありますか?

 まずは作品を読んでみてください。きっと何か思うことがあるはずです。その上で、身近な人と意見ではなく感想を共有してみてください。「私はこう思った」と感じたことを言語化してみてください。それを共有することで、自分自身のことも、相手のことも、少し分かることが増えるはずです。その積み重ねが、自身のご家族についての思い込みをほぐし、少しずつ家族の世界を広げてくれるはずです。

 子育ての悩み、親世代の介護問題、夫婦間の課題、家族には色々なことが起こります。何も起こらない家族は、世の中に一組もありません。だから「何も起こらない家族」を目指すのではなく、何が起こっても「なんとか乗り越えることができる」力を身に付けるべきです。漫画『木陰の物語』が、わが子の不登校問題を直接的に解決してくれることはありません。しかし、不登校問題で途方にくれることのない「あなた」に導いてくれることは可能です。それが「家族は学ぶことができる」と私が考える理由です。

『木陰の物語』をあなたの媒体でも配布(配信)しませんか?

団士郎 だんしろう(家族心理臨床家・漫画家)
1947年京都生まれ。児童相談機関、障害者相談機関の心理職25年を経て、1998年に独立。仕事場D・A・Nを主宰。2001年から立命館大学 応用人間科学研究科 教授、2020年定年に伴い立命館大学客員教授に。同大学院と「東日本・家族応援プロジェクト」継続中(詳細は大学ホームページで)。全国で継続的に家族療法のワークショップを開催するほか、講演会も数多く開いている。社団法人・日本漫画家協会会員。漫画集団「ぼむ」同人。

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